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虚血性心疾患の原因

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虚血性心疾患の発症に深くかかわっているのが動脈硬化です。動脈硬化は加齢性の変化のひとつで、その進展を加速する要因には偏った食生活や運動不足などの生活習慣があります。とくにコレステロールの影響が大きく、冠動脈にLDLコレステロールが蓄積してプラークが形成されることが虚血性心疾患のリスクを高めます。

偏った食生活

冠動脈の構造と役割

心臓は、心筋が縮んだり広がったりすることで全身に血液を送るポンプの役割を果たしています。心臓は右心房と左心房、右心室と左心室の4つの部屋にわかれており、全身に酸素や栄養を供給した血液(静脈血)は右心房に戻り、右心室から肺に送り出されます。肺で酸素を受け取った血液(動脈血)は左心房に戻り、左心室に送られます。左心室から大動脈に送られた血液によって全身に酸素や栄養が行き届きます。

心臓がポンプ機能を果たすためには、心筋に十分な酸素と栄養が供給され続けなければなりません。これらを心筋へ供給しているのが心臓の表面を走行している冠動脈です(図1)。

図1 心臓と冠動脈

心臓と冠動脈

冠動脈は、大動脈から右冠動脈と左冠動脈がでています。左冠動脈は、左前下行枝と回旋枝に分かれ合計3本あります。

動脈硬化とは

虚血性心疾患は、心臓の冠動脈に異常をきたすことで発症します。その大きな原因となるのが動脈硬化です。動脈硬化は加齢性の変化でもあり、誰にでも起こる可能性がありますが、そこに長年の不適切な生活習慣が重なることで進行が早くなります。

動脈は、内膜、中膜、外膜の3層で構成され、動脈硬化にはいくつかの種類があります(表1)。

表1 動脈硬化の種類
アテローム性(粥状)動脈硬化 動脈の内壁にLDL コレステロールなどの脂肪が粥状に溜まったプラークが形成されることで、血管壁が厚くなる
細動脈硬化 加齢や高血圧が原因で脳や腎臓のなかの細い動脈が硬くなる
中膜硬化(メンケルベルグ型硬化) 動脈の中膜にカルシウムが溜まることで動脈が硬くなる

動脈硬化のなかで虚血性心疾患の発症につながるのがアテローム性(粥状)動脈硬化です。血液中のコレステロールの増加とそれに起因する慢性的な炎症によって動脈硬化が進行すると考えられています。

血圧の上昇などによって動脈の内皮細胞が傷つくと、白血球のマクロファージが入り込み、血液中に増えたLDLコレステロールを取り込んでいきます。これが蓄積すると壊死核と呼ばれる細胞のない固まりが形成されます。これがプラークと呼ばれるもので、プラークが徐々に大きくなると、血管の内腔が狭くなります。また、マクロファージの細胞内にコレステロールが蓄積、増加することで、炎症が起こり、動脈硬化が進行します。

動脈硬化の原因となる疾患・要因

動脈硬化の進行に関与するものとして、(1)脂質異常症、(2)高血圧、(3)糖尿病・耐糖能異常、(4)慢性腎臓病、(5)加齢・性別、(6)家族歴、(7)喫煙、(8)飲酒、(9)虚血性心疾患や脳血管疾患などの既往があげられます。

●脂質異常症

脂質異常症は、血液中のLDLコレステロール、HDLコレステロール、トリグリセライドの濃度に異常があるもので、なかでも高LDLコレステロール血症はアテローム性(粥状)動脈硬化を進行させ、虚血性心疾患をはじめとする脳心血管疾患の原因となります。

●高血圧

血圧が上昇すると血管に大きな負荷がかかり、内皮細胞が傷ついて動脈硬化が進行します。正常血圧(収縮期血圧120mmHg未満かつ拡張期血圧80mmHg未満)※1を超えると心筋梗塞をはじめとする脳心血管疾患の発症リスクおよび死亡リスクが高まります。

●糖尿病・耐糖能異常

高血糖の状態が続くと内膜肥厚が起こりやすくなります。また、インスリン抵抗性によるインスリン不足があることも動脈硬化の進行を早めます。糖尿病患者さんはもちろん、糖尿病の診断を受けていない人でも血糖値やHbA1cが高い耐糖能異常の人は脳心血管疾患による死亡リスクが高くなるといわれています。

●慢性腎臓病(CKD)

慢性腎臓病(CKD)は、アテローム性(粥状)動脈硬化だけでなく、中膜硬化、細動脈硬化のリスクを高めます(図2)。脳心血管疾患の発症リスクを高めると同時に、脳心血管疾患の発症がCKDの進行にも影響することがわかっています。

図2 動脈硬化とCKD

動脈硬化とCKD

●加齢・性別

加齢は、虚血性心疾患や脳血管疾患の最も強いリスク因子であるといわれており、年齢が上がるとともにその発症リスクが高くなります。

また、性差では、女性は男性に比べて心筋梗塞の発症や死亡リスクが低く、これにはエストロゲン作用や妊娠、出産などの女性特有のライフスタイルが関与しているといわれています。しかし、閉経以降の60歳代から女性の心筋梗塞による死亡率も増加しはじめ、70歳代以降でとくに増えることがわかっています。

●家族歴

虚血性心疾患は家族歴もリスク因子のひとつであり、とくに第1度近親者(親、子、兄弟、姉妹)の家族歴が影響するといわれています。これには遺伝的素因だけでなく、家庭内で同じ生活習慣を送ることの環境的な影響も含まれると考えられます。とくに注意が必要となるのは若くして虚血性心疾患(発症年齢男性55歳、女性65歳未満)を発症した家族がいる人です。

●喫煙

タバコに含まれるニコチンが交感神経を刺激し、心拍数を増加させたり、血圧を上昇させたりします。男女ともに1日1本であっても非喫煙者に比べて相対リスクが高まることがわかっています。これは低タール、低ニコチンであっても変わりはなく、喫煙経験のある人が非喫煙者と同等のリスクになるまでには禁煙から25年を要するとされています。

●飲酒

心筋梗塞の場合、少ない飲酒量であれば抑制的に働くという報告もあります。しかし、多量飲酒や飲酒の習慣がない人でも短時間の大量飲酒(ビンジ飲酒)によって虚血性心疾患による死亡率が高まるとされています。

●虚血性心疾患の既往

虚血性心疾患の既往がある人は、既往がない人に比べて心血管イベントのリスクが高く、とくに急性冠症候群の既往がある人は、二次予防でスタチンを服用している場合でもイベントの発症率が高いとされています。

<文献>

※1  日本動脈硬化学会:動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版
https://www.j-athero.org/jp/wp-content/uploads/publications/pdf/GL2022_s/jas_gl2022_3_230210.pdf
(2023年8月28日閲覧)
伊苅裕二:誰も教えてくれなかった心筋梗塞とコレステロールの新常識.南江堂,2018.
日本医療機能評価機構:Mindsガイドラインライブラリ 虚血性心疾患 Minds版やさしい解説
https://minds.jcqhc.or.jp/n/pub/3/pub0048/G0000525/0003
(2023年8月28日閲覧)
Sumio Hayakawa et al: Activated cholesterol metabolism is integral for innate macrophage responses by amplifying Myd88
signaling. JCI Insight, 7(22), 2022.
https://doi.org/10.1172/jci.insight.138539
(2023年8月28日閲覧)
厚生労働省e-ヘルスネット:健康用語辞典 動脈硬化
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/metabolic/ym-082.html
(2023年8月28日閲覧)
厚生労働省e-ヘルスネット:脂質異常症
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/metabolic/m-05-004.html
(2023年8月28日閲覧)
厚生労働省e-ヘルスネット:喫煙と循環器疾患
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/tobacco/t-03-002.html
(2023年8月28日閲覧)
斎藤康:第128回日本医学会シンポジウム 糖尿病と動脈硬化[1]疫学と病態生理 3.糖尿病による動脈硬化の機序
https://jams.med.or.jp/event/doc/128020.pdf
(2023年8月28日閲覧)
中山昌明・田中健一・旭浩一:特集腎硬化症 CKDにおける動脈硬化とその危険因子.日本腎臓学会誌,58(2):92-96,2016.
https://jsn.or.jp/journal/document/58_2/092-096.pdf
(2023年8月28日閲覧)

東海大学医学部内科学系循環器内科 教授

伊苅 裕二先生

1986年名古屋大学医学部卒業。三井記念病院内科レジデント、東京大学医学部第一内科助手を経て、1996年米国ワシントン州立大学病理学への留学。1999年三井記念病院循環器内科科長を務めた後、2005年東海大学医学部循環器内科教授、2010年同循環器内科領域教授、診療科長に就任。1995年に橈骨動脈専用のガイディングカテーテル「IKARI curve」を開発(1999年に米国、2001年欧州でIkariカテーテル特許を取得)。日本内科学会認定医・指導医・総合内科専門医、日本循環器学会専門医、日本心血管インターベンション治療学会名誉専門医・指導医。

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