虚血性心疾患の治療(2)慢性冠動脈疾患の治療
慢性冠動脈疾患とは、冠動脈の一部が狭窄することで、胸痛などの症状が現れるものをいいます。運動時や心臓に負担がかかったときに症状が出る労作性狭心症(安定狭心症)、冠動脈の痙攣が原因で起こる冠攣縮性狭心症があります。また、この2つは併発することもあります。
慢性冠動脈疾患の治療目標
労作性狭心症(安定狭心症)や冠攣縮性狭心症と診断された場合は、
・急性冠症候群への進行を防ぎ死亡リスクを下げる
・胸痛の頻度を減らすことで生活の質(QOL)を向上させる
ことが治療の目標となります。
薬物療法
慢性冠動脈疾患の治療の柱となるのが薬物療法です。薬物療法は治療目標に合わせて、患者さんの病態や基礎疾患などをもとに薬が処方されます。
●急性冠症候群への進行を防ぎ死亡リスクを下げる
急性冠症候群への進行を防ぎ、死亡率を下げるための薬物療法には、スタチンをはじめとする脂質低下療法、抗血小板薬による血栓予防、降圧薬による血圧管理、糖尿病治療などがあげられます。
【脂質低下療法】
スタチンで十分にコレステロール値が下がらない場合には、小腸コレステロールトランスポーター阻害薬の追加、それでも下がらない場合にはPCSK9阻害薬の皮下注を行うなど、次の選択肢を加えていくことがあります。急性冠症候群の二次予防も含めて虚血性心疾患の患者さんに対しては、コレステロールを厳格に管理することが重要となります(表1)。
薬剤 | 特徴 |
スタチン | HMG-CoA還元酵素を阻害することで肝臓でのコレステロール合成を抑制する作用がある。また、肝臓でのLDL受容体活性が誘導され、LDLの代謝が充進することで血中コレステロールを低下させる |
小腸コレステロール
トランスポーター阻害薬 |
小腸における胆汁性および食事性コレステロールの吸収を選択的に阻害することにより、血中コレステロールを低下させる |
PCSK9阻害薬(皮下注) | 肝細胞のLDL受容体を増加させることにより、強力に血中LDLコレステロールを低下させる |
【抗血小板薬】
抗血小板薬は、血小板の凝集を阻害する作用により血栓予防が期待できます。狭心症患者さんに対しては、アスピリンまたはP2Y12阻害薬の単剤投与を行いますが、患者さんごとに出血合併症のリスクもふまえて投与期間等を検討します(表2)。また、消化管出血を防ぐため、プロトンポンプ阻害薬(PPI)の併用が推奨されています。
薬剤 | 特徴 |
アスピリン | 血小板内のシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害して血小板のトロンボキサンA2 (TXA2)産生を阻害することで血小板凝集を抑制する作用がある |
P2Y12阻害薬 | 血小板ADP(adenosine diphosphate)受容体のひとつであるP2Y12受容体を選択的に阻害する作用があるほか、ずり応力による血小板の活性化を抑制する抗血小板作用がある |
●胸痛の頻度を減らすことで生活の質(QOL)を向上させる
狭心症は胸痛に伴って生活の質(QOL)が低下する疾患であり、胸痛を抑えることでQOLの向上に寄与する薬剤も使用します。
【ニトログリセリン舌下錠】
全身の静脈や動脈の筋肉をゆるめて血管を拡張させる作用のニトログリセリン舌下錠を常に携帯し、狭心症発作時に使用します。舌下錠は1分程度で効果を示す速効性と、服用に水がいらない点が特徴です。
【β遮断薬】
心拍数や心収縮力、動脈圧を低下させる作用により、心筋の酸素需要量を抑えることができるため、労作性狭心症の第一選択薬のひとつとなっています。
【Ca拮抗薬】
心筋酸素消費量を減少させるとともに、心筋酸素供給量を増加させる作用があります。とくに冠攣縮性狭心症の予防に対して有効であり、第一選択薬となっています。
【硝酸薬】
冠動脈を拡張して側副血行路を改善させ、心筋灌流量を増加させたり、前負荷・後負荷を軽減したりする作用があり、心筋酸素需要量を低下させます。薬剤耐性に注意が必要で、β遮断薬やCa拮抗薬の補助として使われています。
【Kチャネル開口薬】
血管平滑筋のカリウムチャネルを開口する作用によって血管を拡張させるとともに、心筋保護作用も有しています。微小血管の拡張に有効で、β遮断薬やCa拮抗薬の補助として使われています。
非薬物療法
急性冠症候群への進展を防ぐためには禁煙をはじめとする生活習慣の改善が必要となります。
脂質異常や高血圧、糖尿病、肥満、喫煙などは冠動脈の狭窄の原因となりますが、喫煙は、冠動脈の狭窄がなく発症する冠攣縮性狭心症の危険因子であることもわかっています。そのため、禁煙は治療であるとともに、二次予防においても重要となります。
生活習慣の改善には、適正体重の維持と血圧管理のために食事療法と運動療法を中心とした規則正しい生活を送ることが重要です。食事は、1日3食、栄養バランスのよい食事をよく噛んで食べることが基本です。アルコールの飲み過ぎは血圧を上昇させ、降圧薬の効果を減弱させるため、節酒が必要です。
心機能が安定している場合には1日30分間、週3回以上、中等度強度の有酸素運動が推奨されています※1。
生活指導のポイントに関する解説はこちら
慢性冠動脈疾患は、継続的な治療によって急性冠症候群の発症を防ぐことが重要となりますが、症状が強く、血管の狭窄が進んでいる場合や検査によって虚血が判明した場合には薬物療法からPCI、CABGによる治療が必要となります。
<文献>
※1 |
日本循環器学会:2022年JCSガイドライン フォーカスアップデート版 安定冠動脈疾患の診断と治療.
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・ | 伊苅裕二:特集虚血性心疾患 日常診療から専門医による治療まで虚血性心疾患の疫学,病態,検査 安定狭心症,不安定狭心症,心筋梗塞の病態.診断と治療,111(4):461-464,2023. |
・ | 伊苅裕二:誰も教えてくれなかった心筋梗塞とコレステロールの新常識.南江堂,2018. |
・ | 日本循環器学会:急性冠症候群ガイドライン(2018年版)
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・ | 木村悠・小川崇之:トピックスII.虚血を治す・予防する(薬物・非薬物治療の進歩)慢性冠症候群の病態と抗狭心症薬の使い分け.日本内科学会雑誌,110:226-231,2021.
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・ | 児玉健二:「なんで?」がわかって新人指導に生かせる循環器疾患の治療とケアチェックポイント 特集1虚血性心疾患.HEART nursing 36(4):6-20,2023. |
東海大学医学部内科学系循環器内科 教授
伊苅 裕二先生
1986年名古屋大学医学部卒業。三井記念病院内科レジデント、東京大学医学部第一内科助手を経て、1996年米国ワシントン州立大学病理学への留学。1999年三井記念病院循環器内科科長を務めた後、2005年東海大学医学部循環器内科教授、2010年同循環器内科領域教授、診療科長に就任。1995年に橈骨動脈専用のガイディングカテーテル「IKARI curve」を開発(1999年に米国、2001年欧州でIkariカテーテル特許を取得)。日本内科学会認定医・指導医・総合内科専門医、日本循環器学会専門医、日本心血管インターベンション治療学会名誉専門医・指導医。
この記事は2023年9月現在の情報となります。