脳梗塞
脳血管障害のなかでもっとも多い病型が脳梗塞であり、その患者数は脳出血の2~4倍※1となっています。
神経細胞は活動を続けるために常時多くのブドウ糖と酸素を必要とし、それらは血流を介して脳に供給されることから、血管が閉塞して時間が経過するほど脳梗塞の範囲が広がり、症状が増悪します。
脳梗塞の分類と原因
脳梗塞は閉塞する動脈の部位や閉塞の仕方によってラクナ梗塞、アテローム血栓性脳梗塞、心原性脳塞栓症などに分類されます(図1)。
図1 脳梗塞の分類と特徴
ラクナ梗塞 | 脳血管の主幹動脈(前大脳動脈、中大脳動脈、後大脳動脈、脳底動脈)から直接分岐して大脳基底核などの脳深部に達している穿通枝(直径約100~300μm)が閉塞 |
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アテローム血栓性脳梗塞 | 頭蓋内または頭蓋外動脈の動脈硬化(プラーク)によって動脈が狭くなり、いろいろな機序(表1)によって、主幹動脈や末梢動脈が閉塞 |
心原性脳塞栓症 | 心腔内にできた血栓が遊離して脳動脈(主に主幹動脈)を閉塞する |
血栓性 | プラークに血栓を生じて動脈が閉塞する |
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血行力学性 | 動脈硬化の進行によって脳の主幹動脈が狭くなり、血圧低下などが原因となって脳血流が不足して生じる |
塞栓性
(artery-to-artery embolism) |
プラークに生じた血栓が飛んで末梢の脳動脈を閉塞する |
●一過性脳虚血発作(TIA)
TIAは、虚血性脳血管障害のなかで、神経症状が24時間以内に完全に消失し、MR画像でも病巣を認めないものをいいます。ただし、一時的であっても動脈が閉塞してしまう状態にあることは変わりなく、TIAの発症後は脳梗塞を起こすリスクが高いことがわかっています。症状が治まっても、医療機関を受診して慎重に経過をみることが重要です。
脳梗塞の症状
脳梗塞をはじめ、脳卒中の初期症状として知られているのが「FAST」です。FASTはそれぞれの症状などの頭文字をとったもので、これらの症状がみられたらただちに専門医のもとで治療を受けることが必要となります(図2)。
図2 脳卒中の初期症状「FAST」
脳梗塞は、発症から時間の経過とともに脳の梗塞範囲が広がり、意識障害、運動障害、感覚障害、言語障害などの神経症状が増悪します。できるだけ早く専門医を受診することが重要です。
●無症候性脳梗塞
何らかの理由で撮影されたCTやMRで梗塞巣が発見されても神経症状がみられないことがあります。これを無症候性脳梗塞といいます。その大部分はラクナ梗塞です。無症候であっても放置すると脳血管障害を発症するリスクが高まるため、原因となる高血圧などの危険因子の管理が重要です。
急性期の治療
脳梗塞急性期の治療でもっとも重要なことは、一刻も早く脳梗塞の広がりを食い止めることであり、そのためには早急に脳血流を再開させる必要があります。
●経静脈的血栓溶解療法
早期に血流を回復させる治療として行われるのがアルテプラーゼ(rt-PA)による経静脈的血栓溶解療法です。発症から4.5時間以内あるいは頭部MRI検査で発症から4.5時間以内である可能性が高い場合に行われます。ただし、血流を再開させることで脆くなった血管が破れて脳出血を誘発するケースがあることから、適応基準を遵守して投与の可否を慎重に判断する必要があります。
●経動脈的血行再建療法
rt-PAの適応外あるいはrt-PAで血流の再開に至らなかった場合には血栓を回収して血行を再建する治療を行います。
現在普及している血栓回収療法は、カテーテルを血栓のある場所まで進めてステントリトリーバーや吸引カテーテルなどのデバイスで血栓を直接除去する治療です(図3)。ただし、血行が再建した場合でも神経細胞の障害の程度が大きかったり、脳出血を誘発してしまったりすることもあるため、適応については慎重かつ迅速な判断が求められます。
図3 ステントによる血栓回収療法
●急性期の抗血栓療法
脳梗塞に対する急性期抗血栓療法には、抗血小板療法と抗凝固療法があります。抗血小板薬と抗凝固薬の使い分けは、血栓ができる原因、種類によって異なります(図4)。
図4 抗血栓療法
非心原性脳梗塞(心原性脳塞栓症以外の脳梗塞)に対する抗血栓療法に使われるのがプラスグレルやアスピリンなどの抗血小板薬です。発症早期には、抗血小板薬の2剤併用療法(DAPT)が使われますが、1か月以内を目安に抗血小板薬単独療法(SAPT)に切り替えることが進められています。急性期にはオザグレルナトリウムの点滴投与も行われます。発症48時間以内のラクナ梗塞以外の非心原性脳梗塞には抗凝固薬であるアルガトロバンも使われます。
心原性脳塞栓症に対する抗血栓療法に使われるのは抗凝固療法です。病状に応じて適切な時期に出血リスクを考慮したうえで、ヘパリンの静脈投与やワルファリンやDOACの経口投与を行います
●急性期のリハビリテーション
脳梗塞の急性期はできるだけ早期にリハビリテーションを開始することが進められています。
急性期のリハビリテーションの目的は、とくに運動機能や生活能力の回復、長期臥床が原因で起こる静脈血栓症や誤嚥性肺炎、褥瘡などの合併症を防ぐことにあります。ただし、離床時はバイタルサイン、神経症状の悪化に十分注意する必要があり、徐々に段階をあげていくことが重要です。離床による疲労も考慮しながらリハビリテーションを進めていきます。
脳梗塞治療に使われる主な薬剤の特徴
脳梗塞では、急性期の抗血栓療法に使われる薬をはじめ、脳の浮腫を軽減させる薬などを使います。
種類 | 薬剤 | 特徴 | |
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血栓溶解薬 | アルテプラーゼ(rt-PA) | 脳梗塞発症後4.5時間以内に使用。血液凝固に作用するフィブリンを溶かすプラスミンの活性化を促進することで血栓を強力に溶かす | |
抗血小板薬 | アスピリン | アラキドン酸カスケードの最終産物であるトロンボキサンA2が強力な血小板凝集反応を引き起こすが、アスピリンにはアラキドン酸カスケードにおけるシクロオキシゲナーゼを不可逆的に阻害する作用がある。アスピリン投与中止後も血栓の形成能力がすぐに回復することがないため、出血を伴う治療前には休薬期間が必要である | |
チエノピリジン系抗血小板薬 | クロピドグレル | ADP受容体を不可逆的に阻害する作用があり、血小板内のcAMP濃度を上昇させて血小板凝集を抑制する作用がある。アスピリンと比べて心血管イベントの抑制作用が高いといわれている。脳梗塞再発予防に関するエビデンスがあるクロピドグレルが広く使われているが代謝にかかわる酵素の影響による血栓症抑制効果に個人差がある。プラスグレルは効果の個人差が少ない | |
チクロピジン | |||
プラスグレル | |||
シロスタゾール | PDE3阻害薬であるシロスタゾールは、血小板内のcAMP分解を抑制することによって抗血小板凝集作用を抑えるはたらきがある。血管を介した血栓抑制作用や血管拡張作用を有する点が特徴 | ||
抗凝固薬 | 選択的トロンビン阻害薬(アルガトロバン水和物) | トロンビンに拮抗して抗凝固作用を示すもので、発症後48時間以内のラクナ梗塞以外の血栓性脳梗塞に使われる | |
DOAC | 直接トロンビン阻害薬 (ダビガトランエテキシラートメタンスルホン酸塩) |
トロンビンの活性部位に結合してトロンビンの作用を阻害し、フィブリンの産生を抑える | |
Xa阻害薬 (リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバントシル酸塩水和物) |
活性型第X因子を阻害する作用によってトロンビン生成量を抑える | ||
ヘパリン | アンチトロンビンIIIと結合して抗凝固作用を示す。主として心原性脳塞栓症の急性期に使用される | ||
脳保護薬 | エダラボン | 発症24時間以内の脳梗塞に使われる。神経細胞への障害作用を持つ活性酸素の作用を抑える効果があり、神経細胞の壊死を防いで梗塞範囲の広がりを防ぐ | |
抗脳浮腫薬 | 濃グリセリン | 濃グリセリンは、浸透圧利尿作用によって浮腫液を血中に移行させる作用がある。脳の浮腫を軽減させることを目的に使われる |
この記事は2024年8月現在の情報となります。
<文献>
※1 |
日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2019.
https://www.jpnsh.jp/data/jsh2019/JSH2019_hp.pdf (2024年8月23日閲覧) |
・ | 日本脳卒中学会:脳卒中治療ガイドライン2021[改訂2023].協和企画,2023. |
・ | 波多野武人編:まるごと図解 ケアにつながる脳の見かた.照林社,2016. |
・ | 永田泉監/波多野武人・平田雅彦編:急性期の検査・治療・看護・リハビリまで オールカラーやさしくわかる脳卒中.照林社,2019. |
・ | 四條克倫:診療ガイドライン最新事情シリーズ12 脳卒中ガイドライン2021(改訂2023).日大医学雑誌,82(6):325-332,2023.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/numa/82/6/82_325/_pdf/-char/ja (2024年8 月23日閲覧) |
・ | 日本脳卒中学会:静脈血栓溶解(rt-PA)療法適正治療指針 第三版.2019.
https://www.jsts.gr.jp/img/rt-PA03.pdf (2024年8月23日閲覧) |
・ | 山上宏:特集/シンポジウム11 脳梗塞急性期治療のパラダイムシフト-3 脳梗塞急性期から慢性期までの抗血栓療法.神経治療,39(4):510-513,2022.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsnt/39/4/39_510/_pdf (2024年8月23日閲覧) |
・ | 八木田佳樹:血栓・塞栓症の臨床-診断・治療・予防の最新動向- II.抗血栓薬のトピック 抗血小板薬.日本臨牀,82(2)161-167,2024. |
・ | 篠原徹二・高橋尚彦:血栓・塞栓症の臨床-診断・治療・予防の最新動向- II.抗血栓薬のトピック 抗凝固薬.日本臨牀,82(2)168-173,2024. |
・ | 新垣慶人・吉村壮平・豊田一則:血栓・塞栓症の臨床-診断・治療・予防の最新動向- II.抗血栓薬のトピック 本邦における血栓溶解療法の現状と今後.日本臨牀,82(2)174-178,2024. |
九州大学大学院医学研究院 病態機能内科学分野 教授
北園 孝成先生
1984年九州大学医学部卒業。1990年同大学大学院医学系研究科修了、米国アイオワ大学研究員、九州大学医学部第二内科助手を経て、2011年九州大学大学院医学研究院教授に就任。2019~2022年には医学研究院長を併任した。久山町研究ならびに脳卒中、糖尿病、慢性腎臓病等を対象にした疾患コホート研究を牽引。福岡県循環器病対策推進協議会副会長として循環器病対策に貢献している。日本脳卒中学会理事、日本内科学会評議員、日本老年医学会代議員など。専門分野は脳卒中。
この記事は2024年8月現在の情報となります。