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糖尿病治療の進め方

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糖尿病は、患者さん自身が行う非薬物療法(食事療法・運動療法)や薬物療法による治療を行いながら、血糖コントロール目標を達成し続ける「継続」が重要です。そのためには、血糖コントロール目標の評価(検査)、患者さんの教育が欠かせません。また、治療だけでなく、患者さんが糖尿病の治療を継続しながら豊かな生活を送ることができるようにサポートすることも医療従事者の重要な役割です。

医師の説明を受ける夫婦

糖尿病の治療方針

糖尿病は病型や病態、年齢、代謝障害、合併症の有無やその病態などに応じて治療方針を決定します。

●1型糖尿病の治療方針

1型糖尿病は、インスリンを分泌する膵臓のβ細胞が破壊されてインスリンが分泌できない状態にあることから、インスリンを生理的なインスリン分泌に合わせて投与する治療が基本となります。

非糖尿病患者さんのインスリン分泌は、食事の摂取を問わず24時間分泌される基礎分泌と食後に血糖値の上昇に合わせて分泌される追加分泌からなっています。インスリン投与はこのタイミングに合わせて異なる効果の出方をする製剤を組み合わせて行います。

また、1型糖尿病でも食事に気をつけ、運動習慣をつけることが大切です。とくに食事は食べる量が増えると必要なインスリンの量も増え、体重が増加します。肥満や脂質異常症などのリスクが高まり、合併症リスクも上昇します。適切な量の食事と決められたインスリン注射を行うこと、適宜な運動を継続するように指導します。

●2型糖尿病の治療方針

2型糖尿病の患者さんの治療の基盤となるのが非薬物療法(食事療法、運動療法)です。ただし、患者さんの血糖コントロールの状態などによっては、非薬物療法と薬物療法を並行して開始することもあります。治療開始とともに薬物療法を行う場合は、経口血糖降下薬やGLP-1受容体作動薬が選択肢となります。その後血糖コントロール目標の達成状況に応じて治療を強化していきます(図1)。

図1 インスリン非依存状態の患者さんに対する治療の進め方

インスリン非依存状態の患者さんに対する治療の進め方
出典:日本糖尿病学会 編・著 : 糖尿病治療ガイド2022-2023,37,文光堂,2022.

●糖尿病におけるクリニカルイナーシャ

クリニカルイナーシャとは、「治療目標が達成されていないにもかかわらず、治療が適切に強化されていない状態」※1をいいます。糖尿病においては、HbA1cの目標値が達成できていないにもかかわらず、治療の強化が遅れることで、糖尿病の悪化、合併症のリスクの上昇が生じます。そのため、糖尿病の治療を進めるにあたっては、定期的に治療法を再評価します。

クリニカルイナーシャが生じる背景として、医療従事者側には、医療費や副作用(低血糖など)の問題、患者さんの自己管理能力への不安などがあると考えられます。また、患者さん側の要因としては、病識の不足や副作用に対する不安、薬が増えることへの心配、経済的な理由(医療費が増える)などがあげられます。

チーム医療の推進によって、糖尿病におけるクリニカルイナーシャを生じさせないことが治療目標の達成につながります。

糖尿病の患者教育

糖尿病は、患者さん自身の自己管理が重要な疾患です。そのためには多職種が専門性を発揮して治療を進めるとともに、自己管理のための患者教育が重要となります(図2)。患者さんへの教育は治療開始だけでなく、治療を継続しながら、血糖コントロール目標の達成が困難なとき、治療が強化されたとき、薬が変更になったときなど、さまざまな段階で行われます。

図2 糖尿病のチーム医療

糖尿病のチーム医療

●糖尿病の療養に活かす「糖尿病連携手帳」

糖尿病患者さんの適切な支援には自覚症状や体重、血圧、血糖(食前・食後)、食事量、身体活動量などの把握が重要であり、多職種で情報を共有するための糖尿病連携手帳や自己管理ノートの活用が有効です。薬物療法においても経口血糖降下薬やインスリンの用量、GLP-1受容体作動薬の用量、服薬・注射の回数などを記載することで、患者さんの血糖管理や療養状況を他職種に共有することができます。

●患者さんの行動変容をうながすアプローチ

糖尿病をはじめとする生活習慣病では患者さんがこれまでの生活を見直し、行動を変えることが求められます。服薬指導も含む生活面での指導では、糖尿病の管理目標が達成できていない状況にあると、「患者さんを合併症で苦しませたくない」という思いから、指導内容を実践できない患者さんに対して非難や軽蔑の態度をとってしまうことがあります。それが患者さんのスティグマとなって、糖尿病であることを認めない気持ちを生じさせ、受診の中断につながってしまうことがあります。

患者さんへの服薬や生活指導では、患者さんの話を聞き、患者さんができないことを安易に否定しないようにすることが重要です。糖尿病患者さんは自己肯定感が低下しているケースも少なくありません。問題となる行動を厳しく制限する指導ではなく、目標達成に目を向けて患者さん自身の主体的な行動変容をうながし、自己肯定感を高められるように傾聴や承認などのコミュニケーションスキルを活用することが求められます。

日常生活を送りながら治療を継続する

糖尿病は、健康な人と同じように生活ができること、合併症があっても生きる楽しみを持てるように治療だけでなく生活においても患者さんに正しい情報を提供していくことが重要です。たとえば結婚や家族関係、仕事などにおいて不安や悩みを抱えていると、治療の継続が困難になることがあります。

●周囲の協力者を得る

糖尿病の発症が早いほどライフステージの変化に合わせながら血糖管理を行う必要があります。患者さんは仕事と並行しながら通院し、治療を継続することの重要性を理解してもらうとともに、周囲の理解者、協力者を得ることが患者さんにとってもメリットになることを伝えます。

●職業の選択

糖尿病は、「業務上の疾病」にあたらないため、労働基準法における保護の対象ではありません。しかし、就業している患者さんは、多忙かつ不規則な生活のなかで食事療法や運動療法、薬物療法を受けているケースが少なくありません。職業選択や職場の人間関係に影響が及ぶことのないように、患者さんが食事や捕食、インスリン注射や内服の時間などについて正しく理解できるように説明するとともに、職場でも相談ができるように助言します。

就職や転職を検討されている患者さんに対しては、重い低血糖によって重大な事故を起こすリスクがある職業に就くことのリスクについても説明が必要です。たとえば、バスや電車などの運転手は制限や条件がつくことがあり、電気工事やとび職などの高所での作業が必要となる職業、シフト制勤務の仕事では十分な注意を要します。

●旅行やスポーツを楽しむ

糖尿病の自己管理ができ、合併症も病状が安定していれば国内外の旅行に制限はありません。ただし、予定をしっかりと立て、時差がある場所への旅行はインスリン注射や内服についても医師に相談することを伝えます。薬物療法については服用している薬についての注意点、低血糖を防ぐために準備するものなどは薬剤師からも丁寧に説明する必要があります。

*スティグマ:特定の属性に対する負の烙印

<文献>

※1  Kamlesh Khunti et al: Clinical inertia-Time to reappraise the terminology?. Prim Care Diabetes, 11 (2): 105-106, 2017.
日本糖尿病学会編・著:糖尿病治療の手びき.南江堂 2020.
日本糖尿病学会:糖尿病治療ガイド2022-2023.文光堂,2022.
日本糖尿病学会:糖尿病診療ガイドライン2019.南江堂,2019.
http://www.jds.or.jp/modules/publication/index.php?content_id=4
(2023年12月20日閲覧)
日本老年医学会・日本糖尿病学会:高齢者糖尿病診療ガイドライン2023.南江堂,2023.
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/diabetes_treatment_guideline.html
(2023年12月20日閲覧)
日本糖尿病・生活習慣病ヒューマンデータ学会:糖尿病標準診療マニュアル2023 一般診療所・クリニック向け.
https://human-data.or.jp/wp/wp-content/uploads/2023/03/DMmanual_2023.pdf
(2023年12月20日閲覧)
日本糖尿病学会コンセンサスステートメント策定に関する委員会:2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム.
https://fa.kyorin.co.jp/jds/uploads/65_419.pdf?_fsi=eHTMm6dU
(2023年12月20日閲覧)
佐藤智也:第31回日本創傷・オストミー・失禁管理学会学術集会教育講演1 患者さんの行動変容をどう促すか:健康行動科学からのアプローチ.日本創傷・オストミー・失禁管理学会誌,27(1):28-36,2023.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpnwocm/27/1/27_28/_pdf/-char/ja
(2023年12月20日閲覧)
久我原明朗ほか:2021年第62回日本心身医学会総会ならびに学術講演会(高松)シンポジウム:糖尿病の最新医療と面接法の適切な使い方 プライマリケアにおける心療内科医の糖尿病診療の取り組み―カウンセリングとコーチングの活用,ヒアリング用ツール“わくわく健康マップ”について―.心身医学,63:33-38,2023.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/63/1/63_63.1_33/_pdf/-char/ja
(2023年12月20日閲覧)
荒木厚:特集 高齢者糖尿病update I.総論 高齢者糖尿病の特徴と個別化治療.日本臨牀,81(4):466‐472,2023.
綿田裕孝:糖尿病の療養指導Q&A 「糖尿病治療ガイド2022‐2023」の改訂のポイントについて教えてください.糖尿病プラクティス,39(6):686‐688,2022.

順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学 教授

綿田 裕孝先生

1990年大阪大学医学部卒業。桜橋渡辺病院循環器内科医員を経て大阪大学大学院修了後、米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校に留学。2001年順天堂大学内科学・代謝内分泌学講師、2006年同大学助教授、2007年同大学先任准教授を経て、2010年に同大学教授に就任(現職)。2020年より日本学術振興会学術システム研究センター専門研究員を務める。日本糖尿病学会専門医・指導医、日本内分泌学会専門医・指導医、日本内科学会認定医・専門医・指導医、日本医師会認定産業医。日本糖尿病学会常務理事、日本糖尿病・肥満動物学会常務理事、日本体質医学会理事、日本内科学会評議員、日本内分泌学会評議員、日本臨床分子医学会評議員、日本肥満治療学会評議員など。専門分野は糖尿病・内分泌学。

この記事は2024年1月現在の情報となります。

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