糖尿病の非薬物療法
糖尿病の非薬物療法は、生活習慣の改善です。治療の柱でもあるのが食事療法と運動療法です。実際の食事指導を行うのは主に管理栄養士、運動療法は医師や理学療法士などですが、糖尿病の患者さんに対してはチームによる連携支援が重要となります。薬剤師は非薬物療法を安全に行うために、服用している薬の注意点や患者さんの嚥下状態などの必要な情報をチームに共有することが求められます。
食事療法
食事療法ではまず総エネルギー摂取量を患者さんの病態や年齢、身体活動量などに合わせることが重要となります。総エネルギー摂取量を適正化することで、インスリンの需要と供給のバランスがとれるようになり、インスリン分泌の不足による血糖値の上昇を防ぐことができます。
●エネルギー摂取量
糖尿病の治療を開始するにあたって行われるのが患者さん個別の総エネルギー摂取量の目安の決定です。目標体重(kg)×エネルギー係数(kcal/kg)で算出します。
目標体重は、総死亡率が低いBMI値に応じて算出します(表1)。総死亡率がもっとも低いBMIは、年齢によって異なり、65歳以上ではBMIに幅がありますが、とくに75歳以上の高齢者の場合、糖尿病以外にも身体機能の低下や合併症などにも配慮する必要があります。
表1 目標体重(kg)の目安
- 65歳未満:[身長(m)]2 ×22
- 65歳以上:[身長(m)]2 ×22~25*
*75歳以上はフレイル、ADL低下、合併症、体組成、身長の短縮、摂食状況や代謝状態などを評価したうえでの個別判断となる
身体活動量に応じてエネルギー係数を決定します。大きく分けて(1)軽い労作(座位中心の静的活動):25~30、(2)普通の労作(座位中心だが通勤や家事、軽い運動を行う):30~35、(3)重い労作(力仕事や強度の高い運動を習慣的に行っている):35~のいずれかを選択します。
肥満がある人の場合、係数を実際よりも小さく設定することで1日の総エネルギー摂取量を減らすと減量効果が期待できます。5%以上の体重減少は、臓器のインスリン感受性の改善につながるとされています。
●栄養素の構成
炭水化物、タンパク質、脂質の三大栄養素をバランスよく摂取するほか、野菜や海藻、きのこ類なども積極的に摂ることが重要です。
食事療法の評価など
食事療法の評価は、受診時のHbA1cの検査によって行います。HbA1cは過去1~2か月の血糖値を反映するため、長期的な評価を行うのに適しています。
そのほか、集団教育と個別の患者教育を併用することが食事療法のアドヒアランス向上に寄与することがわかっています。集団教育は基本的な知識の理解を深める場として有用で、個別の患者教育の場では、HbA1cの推移、食事療法の実践が困難な時期への対応などを具体的にアドバイスすることで患者さんの理解が深まります。個別の患者教育では、医療従事者が患者さんの疾患や療法に関する知識の理解度の確認や自己評価をしてもらう場にもなります。医療従事者が患者さんの背景や治療についてどのように考えているのかを理解し、継続的な指導につなげる機会にもなります。
食品交換表の使い方
食品交換表は、総エネルギー摂取量や栄養素の配分を確認するためのツールです。食品交換表には80kcalに相当する量を1単位としてそれぞれの食品1単位分の重さが明記されているため、何をどのくらい食べればよいのかを患者さん自らチェックすることができます。また、食事の指示内容についても同じ表のなかであれば交換することができるため、やり方を覚えればさまざまな食材の組み合わせで栄養バランスのよい献立をつくることができます。
管理栄養士から指導を受けていても、患者さんが正しく理解できていない場合もあります。食品交換表が正しく使えているかなども指導時に確認をするとよいでしょう。
●カーボカウントの利用
食事療法では、カーボカウントも広く用いられています。カーボカウントは食後血糖値への影響が大きい炭水化物から糖質を計算して食事管理を行うものです。糖質量は、食品成分表だけでなく、各食品の栄養成分表示でも確認できます。
カーボカウントには、基礎カーボカウントと応用カーボカウントがあり、基礎カーボカウントは、食事療法や経口薬での治療を受けている患者さん、インスリン投与量が一定の患者さんが対象となります。一方、応用カーボカウントは、食事に合わせて超速効型インスリンを調整して投与している患者さんが対象となります。
ただし、カーボカウントは糖質量のみを対象としているため、タンパク質や脂質の割合が増えないように注意する必要があります。
運動療法
食事療法を開始するとインスリンの需要と供給のバランスがとれるようになりますが、そこに運動療法が加わると、筋肉でブドウ糖や脂肪が使われて良好な血糖コントロール、心血管疾患リスクの低減などにつながります。
運動療法の進め方
2型糖尿病の場合、有酸素運動とレジスタンス運動がそれぞれ単独でも血糖コントロールに有効であることがわかっており、併用するとさらに高い効果が期待できます。1型糖尿病では、心血管疾患のリスクの改善や生活の質(QOL)改善効果があることがわかっています。
運動の種類と強度、時間
運動療法の内容は、ウォーキング、ジョギング、ラジオ体操、自転車こぎ、水泳などの有酸素運動が推奨されています。レジスタンス運動は一般的にダンベルなどの器具を使って負荷をかける運動で、定期的に行うことで筋肉量が増加します。筋肉量が増加することで、インスリンのはたらきが改善して血糖値が低下します。
●運動の強度
運動療法は適切な強度で行うことで効率よく効果を得ることができ、その強度の目安となるのは運動時の脈拍数です。50歳未満では100~120回/分、50歳以上では100回/分以内が目安です。適切な強度での運動は、開始とともに筋肉に蓄えられたブドウ糖が利用され、その後運動を続けることで血液中のブドウ糖や脂肪が使われるため、血糖値の低下が期待できます。
●運動の時間と回数
有酸素運動は、できるだけ毎日行うことが良好な血糖コントロールにつながります。さらにレジスタンス運動を週2~3日行うことでより高い効果が期待できます。運動は食後1~3時間後の間に行えるように逆算して食事のタイミングを決めておきます。
1回に行う有酸素運動の目安は20~60分で、できれば毎日、少なくとも週3~5日行うようにします。1日のなかでまとまった時間をとり、ウォーキングなどを行うのが理想ですが、何より運動を習慣づけることが重要です。たとえば電車を1駅前で降りて歩く、エレベーターは極力使わずに階段を利用するなど、身体活動量を増やすことへの意識が向き、実行可能な方法を患者さんとの会話のなかから見出し、勧めるのも一案です。
運動療法を行ううえでの注意点
糖尿病患者さんの運動療法でもっとも注意が必要なのが低血糖です。運動前のインスリン投与については、医師の指示のもとに行うことを丁寧に説明します。
また、運動中の低血糖対策として市販の清涼飲料水を準備する場合には、人工甘味料を使用していないものを選ぶように指導します。ブドウ糖のタブレットなどを利用すると糖分の量もわかりやすく便利です。
●運動前の準備と運動後
運動は、軽いウォーキングからはじめます。運動習慣がついてくれば徐々に強度をあげられます。筋肉量も増えて運動療法の効果もあがります。
服装はできるだけ動きやすく脱ぎ着しやすいものにし、靴はクッション性の高いスポーツシューズを選びます。運動前にはストレッチをすること、運動中は水分補給を行い、体調が悪いときには無理をしないことも大切です。運動後にはストレッチを行います。
●運動を避けたほうがよい場合
血糖コントロールがつかず、空腹時血糖値が250mg/dL以上の場合、尿のケトン値が陽性の場合は運動を控えます。
また、糖尿病の合併症が進行している場合には強度の高い運動は避けます。メディカルチェックを定期的に受け、運動を行ってもよいかどうかやどのくらいの運動を行えばよいかを確認します。そのほか併存症の悪化などによって運動を控えたほうがよい場合もあります。服薬指導時に運動療法について説明するときには、運動療法の重要性、メリットだけでなく注意点についても伝えるようにします。
<文献>
・ | 日本糖尿病学会編・著:糖尿病治療の手びき.南江堂 2020. |
・ | 日本糖尿病学会:糖尿病治療ガイド2022-2023.文光堂,2022. |
・ | 日本糖尿病学会:糖尿病診療ガイドライン2019.南江堂,2019.
http://www.jds.or.jp/modules/publication/index.php?content_id=4 (2023年12月15日閲覧) |
・ | 日本老年医学会・日本糖尿病学会:高齢者糖尿病診療ガイドライン2023.南江堂,2023.
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/diabetes_treatment_guideline.html (2023年12月15日閲覧) |
・ | 日本糖尿病・生活習慣病ヒューマンデータ学会:糖尿病標準診療マニュアル2023 一般診療所・クリニック向け.
https://human-data.or.jp/wp/wp-content/uploads/2023/03/DMmanual_2023.pdf (2023年12月15日閲覧) |
・ | 綿田裕孝:糖尿病の療養指導Q&A「糖尿病治療ガイド2022‐2023」の改訂のポイントについて教えてください.糖尿病プラクティス,39(6):686‐688,2022. |
順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学 教授
綿田 裕孝先生
1990年大阪大学医学部卒業。桜橋渡辺病院循環器内科医員を経て大阪大学大学院修了後、米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校に留学。2001年順天堂大学内科学・代謝内分泌学講師、2006年同大学助教授、2007年同大学先任准教授を経て、2010年に同大学教授に就任(現職)。2020年より日本学術振興会学術システム研究センター専門研究員を務める。日本糖尿病学会専門医・指導医、日本内分泌学会専門医・指導医、日本内科学会認定医・専門医・指導医、日本医師会認定産業医。日本糖尿病学会常務理事、日本糖尿病・肥満動物学会常務理事、日本体質医学会理事、日本内科学会評議員、日本内分泌学会評議員、日本臨床分子医学会評議員、日本肥満治療学会評議員など。専門分野は糖尿病・内分泌学。
この記事は2024年1月現在の情報となります。