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脂質異常症の診断と治療

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脂質異常症の治療の目標は動脈硬化性疾患の発症リスクを抑えることになります。ただし、脂質異常症の診断基準は動脈硬化性疾患の発症リスクを判断するスクリーニングとしての数値であり、薬物治療開始の基準ということではありません。

医師の説明を受ける女性

脂質異常症がリスクとなる動脈硬化性疾患

脂質異常症は、動脈硬化のもっとも重要なリスク因子であり、虚血性心疾患(心筋梗塞・狭心症)をはじめ、全身の血管に影響を及ぼし、疾患の発症リスクとなります(図1)。とくに心筋梗塞や脳梗塞、大動脈瘤などは突然死の原因ともなる疾患であり、予防が重要となります。

図1 主な動脈硬化性疾患

主な動脈硬化性疾患

脂質異常症の診断基準

脂質異常症は、それだけで自覚症状を伴うものではありませんが、動脈硬化性疾患を予防するためには、適切な評価をしたうえで、治療の開始を検討します。動脈硬化性疾患は、エビデンスに基づいた包括的なリスク評価のもとに治療方針が決められます(図2)。

図2 脂質異常症の診断基準

脂質異常症の診断基準

空腹時:10時間以上の絶食が基本(水やお茶などカロリーのない水分摂取は可能)
※空腹時であることが確認できない場合を「随時」とする
スクリーニングで境界域高LDLコレステロール血症、境界域高non-HDLコレステロール血症となった場合、高リスク病態の有無を検討し、治療の必要性を考慮する
●空腹時採血のLDLコレステロールは、(トリグリセライド-HDLコレステロール-トリグリセライド/5)で計算または直接法で算出する
●トリグリセライドが400mg/dL以上や随時採血の場合はnon-HDLコレステロール(=トリグリセライド−HDLコレステロール)かLDLコレステロール直接法を採用。スクリーニングでnon-HDLコレステロールを使用する場合には、高トリグリセライド血症を伴わない場合にはLDLコレステロールとの差が+30mg/dLより小さくなる可能性を念頭にリスクを評価する
●トリグリセライドの基準値は空腹時採血と随時採血によって異なる
●HDLコレステロールは単独では薬物治療の対象とはならない

脂質異常症の管理目標値

脂質異常症の場合は、診断基準とは別に、患者さんのリスクに応じた管理目標値が設定されています(表3)。

表3 脂質異常症の管理目標値

脂質異常症の管理目標値

※一次予防の管理目標は生活習慣の改善が基本となりますが、管理区分に関係なく、LDLコレステロールが180mg/dL以上の場合は薬物治療を考慮します。

動脈硬化性疾患は、脂質異常症の治療のみで発症を防ぐことは難しく、(1)年齢、(2)性別、(3)喫煙、(4)血圧、(5)HDLコレステロール、(6)耐糖能異常、(7)家族歴の7項目についてスコア化した「脂質異常症の包括的なリスク評価」※1に応じて治療目標を設定することが推奨されています。

●高齢者

高齢者はLDLコレステロールが高い状態が続くことで冠動脈疾患のリスクが高くなります。高齢者の場合、動脈硬化性疾患のほかにも持病を抱えていることが多く、臓器障害があったり、さまざまな症状が出やすくなっていたり、臓器の予備能が低下していたり、薬物の代謝能力の低下、低栄養、フレイル、多剤投与などがあり、全身状態に注意が必要です。

●閉経前女性

閉経前の女性は、女性ホルモンによる全身臓器への作用や心血管への直接的な保護作用によって冠動脈疾患に対する脂質異常のリスクを示すエビデンスはほとんどないとされています。そのため、続発性(二次性)脂質異常症であった場合、生活習慣の改善が重要となります。

●閉経後女性

一方、閉経を機に女性の心筋梗塞の発症率は増加します。閉経前には女性ホルモンのはたらきによってコレステロールの数値が安定していたことで意識的に生活習慣の改善を行っていなかった人も閉経後は急激にLDLコレステロールやトリグリセライドが上昇して男性よりも高値になることがあります。

●小児

小児は成人に比べて血液検査の機会が少ないものの、原発性脂質異常症(とくに家族性高コレステロール血症)が疑われる場合には、早期の発見が重要となります。

また、小児は保護者と同様の食事内容であることが多く、自ら食事管理を行うことが難しい状況にあります。保護者の1人が食事や運動の重要性を理解していても同居家族がそれを阻むケースもあるため、小児自身の病識や家庭内での状況なども聞き取りながら支援していくことが重要です。

薬物療法が必要となる場合

もっとも重要なのはリスクの低い段階から生活習慣の改善によって予防に取り組むことです。一次予防の対象者で、禁煙や食事療法、運動療法などの生活習慣の改善によって脂質管理目標を達成できている場合、薬物治療を行わずに経過観察します。ただし、高齢者ではスタチン治療によって冠動脈疾患やアテローム血栓性脳梗塞の一次予防が期待できること、若年者に比べて生活習慣の改善が困難であることが多いため、一次予防から薬物治療が検討されることがあります。

健康診断の結果に満足する夫婦

一方、もっとも動脈硬化性疾患の発症リスクが高い冠動脈疾患の既往歴がある二次予防の対象者は、生活習慣の改善とともにリスク状況に応じて薬物治療が検討されます。

薬物治療が開始されて脂質の管理目標が達成されると、生活習慣の改善に対する意識が低下してしまう人もいます。服薬指導では、薬物治療開始後も食事療法や運動療法の継続が重要であることを伝えます。

<文献>

※1  日本動脈硬化学会:動脈硬化性疾患予防のための脂質異常症診療ガイド2023年版.レタープレス,2023.
日本動脈硬化学会:動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版.レタープレス,2022.
https://www.j-athero.org/jp/wp-content/uploads/publications/pdf/GL2022_s/jas_gl2022_220713.pdf
(2023年11月27日閲覧)
日本循環器学会:循環器領域における性差医療に関するガイドライン.Circulation Journal Vol. 74, Suppl. II, 2010.
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2010tei.d.pdf
(2023年11月27日閲覧)
日本小児医療保健協議会栄養委員会小児肥満小委員会:幼児肥満ガイド.
https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/2019youji_himan_G_ALL.pdf
(2023年11月27日閲覧)
三好剛一:女性ホルモン剤と静脈血栓塞栓症.日本血栓止血学会誌,32(5):607-612,2021.
https://www.jsth.org/pdf/oyakudachi/202208_10.pdf
(2023年11月27日閲覧)

地方独立行政法人
東京都健康長寿医療センター
センター長

秋下 雅弘先生

1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部老年病学教室助手、ハーバード大学研究員、杏林大学医学部助教授、東京大学大学院医学系研究科准教授などを経て、2013年同大学大学院医学系研究科老年病学教授。2024年4月東京都健康長寿医療センター・センター長に就任。専門は老年医学。日本老年医学会前理事長。日本老年薬学会代表理事、日本動脈硬化学会理事、日本サルコペニア・フレイル学会理事などを務める。日本動脈硬化学会『動脈硬化性疾患予防のための脂質異常症診療ガイド2023年版』作成委員など。

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