脂質異常症の運動療法
生活習慣の改善は脂質異常症の治療の柱であり、基盤となるものです。そのなかで運動療法は、食事療法と併用することで適正体重の維持や脂質異常の改善効果が高く、薬物療法を開始する前から継続的に行うことが重要です。
運動療法の効果
運動療法には有酸素運動とレジスタンス運動があり、有酸素運動が脂質異常症の改善につながることはよく知られています。一方でレジスタンス運動にも脂質代謝を高める作用があるとされており、有酸素運動とレジスタンス運動の併用が有効となります。
安全かつ効果的な有酸素運動は「話しながら継続できる運動」が目安となります。激しい運動は短時間で運動量を増やすことができますが、血圧の上昇、血中の乳酸の蓄積、筋骨格系や循環器などの障害リスクになることもあります。体力がある人で、高強度の運動を行う場合には、短時間のインターバルトレーニングを取り入れるとよいでしょう。
体力は患者さんの病態、年齢、生活習慣などによっても異なります。体力が低下した人では高強度の運動は避けなければなりません。反対に体力がある人が低強度の運動をしても脂質代謝は上がらず、期待する効果は得られません。その人に合う運動から開始し、体力をつけながら徐々に強度を上げることが安全かつ効果的な運動となります。
●座位の時間を減らす
職場や家庭でも座っている時間が長いことは動脈硬化性疾患のリスクになるといわれています。運動習慣がなく座位で過ごす時間が長い人はまず家庭のなかで座る時間を短くすることから指導し、家事などの身体活動を増やしていくように指導するとよいでしょう。
運動療法の進め方
運動習慣がない患者さんに対しては達成できそうな目標を設定し、徐々に目標をあげていくなどの工夫が必要です。また、運動療法は時間を設けて行うものだけでなく、日常生活の身体活動度を上げることでも可能です。階段を使ったり、通勤時に1駅分歩いたりすることでも運動の時間を増やすことができます。患者さんに指導を行う際には、患者さんの生活状況を聴取し、その人が無理なく取り入れられる方法をアドバイスすることが継続につながります。
日常生活の身体活動度を上げる指針のひとつとなるのが厚生労働省の『健康づくりのための身体活動基準および指針(アクティブガイド)』です。ここで紹介されている「プラス・テン」などを提案するのも一案です(表1)※1。
表1 身体活動のプラス・テン
- 現在の生活に10分間の運動時間を加える
- 1日の歩数を現在よりも1000歩増やす(=約10分程度の運動)
わずかな運動習慣であってもまずは身につけること、習慣化することを優先させ、目標を徐々にあげていきます。達成感を得る経験を繰り返すことで運動への動機づけが高まります。また、軽強度の運動に慣れていくことで、体力もつき、長時間無理なく運動療法が実施できるようになります。
●高齢者の場合
有酸素運動に組み合わせる軽度のレジスタンス運動には、ベンチステップ運動などがあります。ただし、膝などの痛みがある場合には無理をせず、医師と相談のうえ行うように指導します。
運動療法の実際
運動療法は、有酸素運動と自分の体重を使ったレジスタンス運動などを組み合わせて行います(表2)。
表2 運動療法の例
(成人)
- 息がはずむくらいの有酸素運動を1日合計30分以上(週3回以上:可能であれば毎日)、または週150分以上+60~80%の力で持ち上がる重量の重りを8~12回持ち上げる(週2、3回)
- 20cm程度の台を使ってベンチステップ運動を20回/分行う(体力がない人は15回/分、さらに体力がない人は10回/分)
- 高齢者は有酸素運動を合計30分、週3~5回、レジスタンス運動を8~12回1~4セットを週2~3回 など
●食事前の運動
身体活動(運動)は、骨格筋や脂肪細胞、血管内皮細胞のリポタンパクリパーゼ(LPL)の活性を増加させる効果があります。それが糖や脂質の代謝を促進させ、動脈硬化の予防につながります。中等度程度の強度の運動を行うことで、運動後4~18時間にLPL活性がピークとなり、42時間後まで継続するといわれています。また、食前の12~16時間の運動はトリグリセライドを低下させる効果が期待できます※2。
<文献>
※1 |
厚生労働省:アクティブガイド―健康づくりのための身体活動指針―
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002xple-att/2r9852000002xpr1.pdf (2023年11月27日閲覧) |
※2 |
Peddie MC, Rehrer NJ, Perry TL:Physical activity and postprandial lipidemia: Are energy expenditure and lipoprotein lipase activity the real modulators of the positive effect? Prog Lipid Res 51: 11-22. 2012. |
・ | 日本動脈硬化学会:動脈硬化性疾患予防のための脂質異常症診療ガイド2023年版.レタープレス,2023. |
・ |
日本動脈硬化学会:動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版.レタープレス,2022.
https://www.j-athero.org/jp/wp-content/uploads/publications/pdf/GL2022_s/jas_gl2022_220713.pdf (2023年11月27日閲覧) |
・ | 宮地元彦編:臨床栄養別冊 はじめてとりくむ身体活動支援 メタボ・フレイル時代の栄養と運動.医歯薬出版,2019. |
地方独立行政法人
東京都健康長寿医療センター
センター長
秋下 雅弘先生
1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部老年病学教室助手、ハーバード大学研究員、杏林大学医学部助教授、東京大学大学院医学系研究科准教授などを経て、2013年同大学大学院医学系研究科老年病学教授。2024年4月東京都健康長寿医療センター・センター長に就任。専門は老年医学。日本老年医学会前理事長。日本老年薬学会代表理事、日本動脈硬化学会理事、日本サルコペニア・フレイル学会理事などを務める。日本動脈硬化学会『動脈硬化性疾患予防のための脂質異常症診療ガイド2023年版』作成委員など。
この記事は2023年11月現在の情報となります。