高血圧の治療(1)薬物療法
高血圧の治療には、大きくわけて薬物療法と非薬物療法があります。長年の生活習慣に起因する本態性高血圧症は、生活習慣の改善をベースに、薬物療法による適切な血圧管理が求められます。
高血圧治療の基本方針
高血圧の持続による脳心血管疾患のリスクを軽減するためには、降圧目標の達成と維持が最も重要です。現在のリスク因子の有無によらず、正常血圧(120/80mmHg以下)以外の人は、降圧によるメリットがあるといわれており、正常血圧以外の人すべてが血圧管理・治療の対象となります。
しかしながら、低リスクの患者さんの場合、経済的な負担や薬物療法の副作用によるデメリットも踏まえて検討することが望ましいとされています。
降圧療法の基本は生活習慣の改善であり、医療従事者は、患者さん自身の行動変容につながる動機づけとして、高血圧やその治療に関する適切な情報提供を行うとともに、定期的な受診の必要性を理解してもらうことが重要となります(図1)。
図1 血圧に応じた高血圧治療
初回受診後は生活習慣の改善や非薬物療法による降圧を目指しますが、再評価時に十分な降圧が得られない場合にはさらに生活習慣の改善や非薬物療法の強化を図ります。高リスクの患者さんは、再評価時に十分な降圧が得られなければ、薬物療法を開始します。
降圧薬による治療
高血圧の薬物療法で積極的適応がない場合には、ARB、ACE阻害薬、Ca拮抗薬、サイアザイド系利尿薬などの降圧薬から、患者さんの病態に合わせて薬剤を選択します。
しかし、高血圧と診断された段階で数値が高い患者さんほど、生活習慣の改善だけで降圧目標を達成することは難しく、降圧薬単剤での目標の達成・維持が困難な患者さんも少なくありません。そのため、降圧薬は2剤以上併用する患者さんが多くなります(表1)。単剤の増量よりも2剤併用のほうが、降圧効果が得られやすいとされています※1、2。
表1 降圧薬の基本的な併用の組み合わせ
・ARBまたはACE阻害薬+Ca拮抗薬
・ARBまたはACE阻害薬+利尿薬
・Ca拮抗薬+利尿薬
降圧薬を併用する場合、効果が得られる組み合わせを見極めたうえで配合薬に変更することがあります。配合薬にはARB+Ca拮抗薬+利尿薬という3剤の組み合わせもあります。配合薬への変更は、服薬アドヒアランスの向上につながることがわかっています※3。
各薬剤の特徴
降圧薬にはそれぞれ作用に特徴があり、患者さんの病態に応じた積極的適応があります(表2)。
表2 主な降圧薬の特徴と積極的適応
薬剤 | 特徴 | 積極的適応 |
ACE阻害薬 | アンジオテンシン(血圧上昇ホルモン)の変換酵素ACEを抑える作用により、血管を拡張して血圧を下げる。心保護や腎保護作用がある | 左室肥大
LVEF低下の心不全*1 心筋梗塞後 蛋白尿があるCKDなど |
ARB | アンジオテンシンII(血圧上昇ホルモン)の作用を阻害することで血管収縮を抑え、血圧を下げる。減塩によって効果がさらに高まる | 左室肥大
LVEF低下の心不全*1 心筋梗塞後 蛋白尿があるCKDなど |
Ca拮抗薬 | 血管収縮や拡張に関連するカルシウムの働きを抑える作用によって血圧を低下させる。血流の改善や動脈硬化の進展を抑制する作用もある | 左室肥大
頻脈 狭心症 など |
利尿薬 | 腎臓に作用して血液中のナトリウムの尿中排泄を促進し、塩分過剰摂取による循環血液量を減らして血圧を下げる | LVEF低下の心不全(サイアザイド系) など |
β遮断薬 | 交感神経の刺激によりノルアドレナリンが心臓のβ受容体に結合して収縮力を上げることで心拍出量を増やす。ノルアドレナリンのβ受容体結合を遮断して交感神経系と心拍出量を抑えて血圧を下げる |
LVEF低下の心不全*1
頻脈 狭心症*2 心筋梗塞後 など |
MR拮抗薬 | 腎臓の遠位尿細管および接合集合管のミネラルコルチコイド受容体(MR)に対する作用により血圧を下げる。Ca拮抗薬や利尿薬、β遮断薬との併用が多い。 |
原発性アルドステロン症
低レニン性高血圧 治療抵抗性高血圧 など |
ARNI | ネプリライシン(ナトリウム利尿ペプチド分解物質)およびアンジオテンシンII(血圧上昇ホルモン)の働きを抑える作用がある。降圧作用や過度な水分貯留の改善作用などがあり、心臓保護作用も期待できる |
LVEF低下の心不全
非代償性心不全 など |
*1 少量から開始し、注意深く漸増する *2 冠攣縮には注意
<文献>
※1 |
Wald DS, et al. Combination therapy versus monotherapy in reducing blood pressure: meta-analysis on 11,000 participants
from 42 trials. Am J Med. 2009; 122: 290-300. PMID: 19272490 |
※2 |
Mahmud A, et al. Low-dose quadruple antihypertensive combination: more efficacious than individual agents--a preliminary
report. Hypertension. 2007; 49: 272-275. PMID: 17178976 |
※3 |
Schulz M, et al. Medication adherence and persistence according to different antihypertensive drug classes: A retrospective
cohort study of 255,500 patients. Int J Cardiol. 2016; 220: 668-676.PMID: 27393848 |
・ | 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会編: 高血圧治療ガイドライン2019. ライフサイエンス出版, 東京, 2019. |
・ | 日本高血圧学会高血圧診療ガイド2020作成委員会編:高血圧診療ガイド2020 高血圧治療ガイドライン2019準拠.文光堂,2020. |
佐賀⼤学医学部⻑
野出 孝一先生
1961年生まれ。1988年 佐賀医科大学卒業。1997年 大阪大学大学院修了。同年、ハーバード大学循環器科博士研究員。2002年 大阪大学第一内科講師。同年、 佐賀大学医学部循環器内科教授。2008年 佐賀大学医学部附属病院長特別補佐・地域連携室長・ハートセンター長。2014年 佐賀大学医学部心不全治療学教授。2015年 佐賀大学医学部附属病院臨床研究センター長。2016年より佐賀大学医学部医学科内科学講座主任教授を務める。2017年佐賀大学先進心不全医療学教授。2023年佐賀大学医学部⾧に就任。日本高血圧学会理事⾧。
この記事は2023年7月現在の情報となります。