抗凝固薬の服薬指導
静脈血栓塞栓症の抗凝固療法は、治療効果を最大限に得たうえで出血リスクを減らしていくことがポイントになります。出血への不安から自己判断で服薬を中断しないように、出血リスクやそれに対するセルフケアの指導だけでなく、服薬の目的、必要性についてもくり返し指導することが重要となります※1)。

服薬アドヒアランスを高める指導
静脈血栓塞栓症の抗凝固療法は、自覚症状の改善などの効果を実感しにくい治療です。とくに血栓症のリスクが高い患者さんは長期的な抗凝固療法が必要となります。患者さんが服薬の目的や必要性を正しく理解していないと、服薬アドヒアランスの低下を招きます※1)。
服薬指導では、患者さんとの相互コミュニケーションを通じて、患者さんが疾患や服薬の目的をどの程度理解しているのかを確認しましょう。疾患のことをどのように捉えているのか、治療に対してどのような不安を抱えているのかなどを傾聴し、治療継続を支援します※1) 。
●服薬忘れの防止と指導
DOACは半減期が短く、1回の服用忘れが治療効果の減弱につながります。服薬忘れへの対応は、治療の段階や薬剤の種類、服薬忘れに気づいたタイミングによっても異なります。患者指導箋などを使って説明し、患者さんに自宅でもくり返し確認してもらうように伝えます※1)。
また、服薬忘れを防ぐ対策として、服薬カレンダーやスマートフォンのアラーム機能、家庭内での声がけなど、患者さんの生活状況に合わせた方法を提案しましょう。

抗凝固薬の出血リスク
抗凝固薬の抗凝固効果と出血リスクは表裏一体です。重大な出血が生じた場合には抗凝固療法を中断しなければならず、静脈血栓塞栓症の再発リスクが高まります※2)。出血性合併症に関連するリスク因子として、高血圧、高血糖、過度のアルコール摂取、喫煙、抗血栓薬の併用があげられますが、このうち高血圧や高血糖、喫煙、過度のアルコール摂取は調整が可能であり、管理を徹底することが予防につながります※3)。また、出血リスクを減らすための対策や日常生活のなかで起こった出血への対処法などのセルフケアを指導します※1)。
●出血リスクのある行為を避ける指導
出血が起こりやすい場面は、日常生活のなかに多く存在します。出血が頻発すると日常生活にも支障をきたし、患者さんの治療に対する意欲の低下を招くことがあります※1)。患者さんの生活背景、仕事、趣味などについても聞き取り、出血リスクのある行為を避けられるように、具体的な場面をあげながら指導します(表1)※1)。
場面 | 対策例 |
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歯みがき |
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顔そり(ひげそり) |
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鼻をかむ |
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痰を吐く、咳をする |
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外傷予防:家庭内(住居環境) |
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外傷予防:外出時 |
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●出血リスクのある他の疾患の治療や検査
抗凝固療法中の患者さんが、他の医療機関で別の疾患の治療や歯科治療、内視鏡検査などの検査を受ける場合には、事前に「おくすり手帳」を提示し、抗凝固薬を服用中であることを伝えるように指導します※6)。
通常の歯科治療や内視鏡検査などを受ける際、基本的に抗凝固薬の休薬は不要とされていますが、必ず主治医に確認するように説明します。処置の内容によっては、出血を避けるために抗凝固薬の血中濃度のピーク時を避けるなどの配慮が必要になることがあります※1)。

出血時の対応
患者さんが出血時の対処方法を十分に理解することは、抗凝固薬の服用に対する不安の軽減につながります。診察時の医師や看護師からの指導内容を患者さんに確認したうえで、患者さんが不安に思っている点などを聞き取り、指導につなげましょう※1、6)。
外来治療中の抗凝固薬による出血の副作用は、患者さん自身に対応してもらう必要があります。重大な出血は、速やかに医療機関を受診するように伝えます(表2)。
- 出血
- 頭蓋内出血
- 広範囲にわたる皮下出血
- 消化管出血
- 予防対策
- ●血圧管理による出血性脳卒中の予防
-
●転倒しにくい環境を整えることによる外傷の予防
- 床に物を置かない
- ぶつけやすいところに緩衝材をつける
- 転倒防止のため住居の段差を解消する、手すりをつける
- 足に合う履物に変える(つま先が少し高めになっている、靴の前後の重さのバランスが取れている、靴の屈曲性が高いなど)
- 足場の悪いところを歩かない など
-
●NSAIDsの頻用を防ぐことによる薬剤性消化性潰瘍の予防
●排便コントロールによる便秘や下痢、裂肛の予防 など
抗凝固薬服用中の転倒は、頭蓋内出血や広範囲の皮下出血の原因となります。とくに高齢者の場合、単純な転倒でも頭部外傷による出血リスクが高くなります※8)。転倒を防ぐための室内の環境整備、足に合う履物への見直しなども重要です※6)。
消化管出血の早期発見に役立つのが便の観察です。多量の血液が混じっていたり、便の色が黒く緩かったりする場合には消化管出血の可能性があります※7、9)。日ごろから便の性状や色などを観察する習慣をつけるように指導しましょう※7)。
●軽微な出血への対応
日常生活で起こる軽微な出血(鼻出血や小さな傷からの出血など)は、圧迫止血を試みます。鼻出血は少しうつむいた状態で鼻翼をつまんで止血します※10) 。小さな傷からの出血は、清潔なタオルで傷口を強く押さえます。鼻出血なら5分程度、傷の圧迫止血は10分程度行って止血できない場合には、医療機関に連絡をすることを伝えましょう※10)。
軽微な出血であっても患者さんは出血したことへの不安が強く、自己判断で抗凝固薬を中断してしまうことがあります。出血があっても医師の指示があるまでは患者さんが抗凝固薬を中断しないように指導します※10)。
●その他の副作用
そのほか、DOACの副作用には、肝機能障害や間質性肺疾患、急性腎障害などがあります。身体のだるさや息切れ、皮膚の色の変化、尿量の減少、むくみなど、気になる症状があればすぐに医師や薬剤師に相談するように伝えます※10)。
<文献>
※1) | 堀内望・奥川寛著/溝渕正寛・野崎歩編著:よくある疑問にサラリと答える!ここからはじめる抗凝固療法.じほう,2020. |
※2) |
中村真潮:特集 処方箋の裏側スペシャル 静脈血栓塞栓症 一筋縄ではいかないNOACの処方箋投与レジメン多様、減量例も多く.
NIKKEI Drug Information,229:PE002-003,2016. |
※3) |
植木香奈・矢坂正弘:特集DOACの臨床とモニタリング DOAC療法の出血合併症とその予防.
Throbosis Medicine,先端医学社,(4):32-39,2016. |
※4) |
松原知康:特集“血が出た!”ときのリアル・アプローチ第1章外来で頻度の高い出血性病変 6鼻出血.
総合診療,医学書院,31(12):1488-1491,2021. |
※5) |
日本呼吸器学会:市民のみなさまへ 呼吸器Q&A.
https://www.jrs.or.jp/citizen/faq/ (2025年3月18日閲覧) |
※6) |
大葉佑梨子・道辻涼介:特集 循環を止めるな!血液凝固とくすり 凝固系の副作用とくすり 3出血傾向を見逃さない!
薬剤師のできること・患者さんへの伝え方.薬局,74(8):109-112,2023. |
※7) | 芦川直也・澤田和久・土岐真路編:薬剤師のための ここからはじめる循環器 処方のなぜ?を理解し、患者さんのフォローができる!.羊土社,2024. |
※8) |
田坂祐一:特集全ナース必携知っておきたい基本のくすり 知っておきたい5大薬 抗凝固薬・抗血小板薬.
月刊ナーシング,Gakken,39(7):23-29,2019. |
※9) |
長谷部圭亮・坂本壮:特集“血が出た!”ときのリアル・アプローチ第3章予防に勝治療なし 1消化管出血予防.
総合診療,医学書院,31(12):1524-1526,2021. |
※10) |
中村真潮監:リバーロキサバン錠・OD錠「バイエル」を服用される静脈血栓塞栓症の患者さんへ 静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症および肺血栓塞栓症)についてよく知ろう
https://med2.daiichisankyo-ep.co.jp/cardiology/shidousen/ (2025年3月18日閲覧) |
PP-Ri_GX-JP-0071-17-04

陽だまりの丘なかむら内科 院長
中村 真潮 先生
1988年三重大学医学部卒業。同大学内科学第一講座に入局後、上野総合市民病院、三重大学医学部附属病院、米国Baylor大学循環器内科勤務等を経て、1999年に遠山病院内科医長、2002年岩崎病院内科部長、2006年三重大学大学院循環器内科学助手、同大学大学院講師、同大学附属病院総合内科科長などを経て、2011年三重大学大学院臨床心血管病解析学講座教授に就任。2017年より現職。日本内科学会総合内科専門医、日本循環器学会循環器専門医、日本高血圧学会高血圧専門医、日本動脈学会動脈硬化専門医、日本血栓止血学会血栓止血認定医。日本腫瘍循環器学会理事など。
この記事は2025年3月現在の情報となります。