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認知機能が低下した高齢者の降圧療法
薬の作用機序を丁寧に説明することで服薬の継続を支援

取材協力:佐賀大学医学部長 野出 孝一 先生

服薬アドヒアランスを考慮した降圧薬の処方

降圧療法が目指すのは脳卒中や心不全、心筋梗塞などの脳心血管イベントの予防です。認知機能が低下している人でもその目的は変わりません。治療を開始するタイミングや降圧目標なども高齢者としての基準があり、それに沿って治療を行います(表1)。

表1 高齢者の降圧目標※1
年齢 要件 降圧目標
65~74歳 ・140/90mmHg以上および脳心血管疾患発症リスクの高い人
 ※130-139/80-89mmHg降圧薬開始基準
130/80mmHg未満
75歳以上 ・自力で外来通院できないほど身体能力が低下した患者や認知症がある人 個別判断
・自力で外来通院可能な健康状態で、糖尿病や蛋白尿がある慢性腎臓病(CKD)、脳心血管疾患の既往がある、抗血栓薬を内服している人 140/90mmHg未満
※降圧目標達成後、忍容性があれば有害事象などに注意しながら130/80mmHg未満を目指す

――認知機能が低下した高齢者の降圧療法で先生が重視されていることは何でしょうか。

降圧目標は脳心血管イベントの予防という点で重要なものになりますが、認知機能が低下している人の場合、運動療法や食事療法の実践が困難なケースが少なくありません。そのため、薬物療法の役割はより大きくなります。ただし、降圧薬の服用に関しても服薬アドヒアランスの低下という課題があります。

認知機能の低下がある人は、降圧薬の飲み忘れや飲んだことを忘れてしまうことがあるため、高血圧や過降圧のリスクを考慮した薬剤の選択、服薬指導が重要となります。薬剤選択では、複数の薬剤を配合剤にしたり、半減期の長い降圧薬を選択したりと、服用する薬の数や回数を減らすといった工夫が求められます。

――生活面についてはどのような内容が処方に影響するのでしょうか。

認知機能が低下している人の処方を検討する際に考慮するのは、食事の内容や回数、日常生活での活動度、ADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)や睡眠の状況などの生活状況です。これらの情報から規則正しい生活ができているかどうかを知ることができます。とくに認知機能が低下している人は昼夜逆転が起こりやすく、食事も規則正しくとれていないことが少なくありません。食事がきちんととれていないと服薬のタイミングも崩れてしまうため、これらの情報は処方を検討するうえで重要なものだと考えています。また、独居なのか、同居している家族がいるのか、その家族からはどのくらい協力を得られるのかなども確認しておくべき情報です。

患者さんの人生観を尊重することで信頼関係を構築

――先生が診療をされるなかで大事にしていることを教えてください。

患者さんが何を望んでいるのか、どうしたいと思っているのかを優先すること、患者さんにもそれを伝えることが大切だと考えています。いまできる医療のなかで最適な降圧療法が患者さんの希望、考え、人生観に合わないものであれば受け入れてもらうことは適いませんし、治療の継続は望めません。とくに認知機能が低下した人の場合はそれが顕著に現れると思います。

実際に診療の場では患者さんが100人いれば100様の人生観があり、治療に対する向き合い方があります。なかには食生活を変えたくない、禁煙はしたくないなどと話す人もいます。医師として食事療法や禁煙などの指導は行いますが、それを強制することはできません。患者さんの思いを優先したうえで血圧を管理し、脳心血管イベントを予防することに最善を尽くすのが医師の役割だと考えています。これは薬剤師の服薬指導でも同じことが言えるのではないでしょうか。

もちろん、認知機能が低下すると理解や判断ができないことが増えていきます。しかし、患者さんにとってはその時々が“いま”だということです。日によって違う話をすることがあっても、それが患者さんにとっていま大切に思っていることだと受け入れ、尊重することで患者さんも医療従事者の話を聞いてくれるようになります。患者さんとの信頼関係の構築は、医療を行ううえでの前提として必要なものだと思います。患者さんの認知機能が低下していると、同席した家族に向けて説明したほうが理解してもらいやすいと思いがちですが、患者さんに向かって説明し、それをご家族にも一緒に聞いてもらうことが大事だと思います。

作用機序を丁寧に説明することが重要

――服薬管理を行う薬剤師にはどのような役割を期待していますか。

私は診察の際にはどのような理由で血圧が上がるのか、この薬がどのように作用して血圧を下げる効果があるのか、どのような特徴がある薬なのか、服用に伴ってどのような副作用があるのかなどを丁寧に説明するように心がけています。薬を渡すときにも作用機序などを患者さんに伝えながら服薬指導を行ってもらうことで、服薬アドヒアランスの向上が期待できると思います。高齢の患者さんや認知機能の低下がみられる患者さんでも対応は同じです。

たとえば、「血圧を下げる薬」と説明していた場合、血圧が下がってきたら「もう飲まなくてもよいのではないか」と考える患者さんもいます。しかし、心機能が低下している患者さんに対して、心保護作用の高い降圧薬を処方するなど、「血圧を下げる」以外にも効果を期待して処方していることがあります。どのように作用する薬なのか、それによってどのような効果が期待できるのかなどその機序を理解してもらうことが服薬アドヒアランスを高め、適切な治療の継続につながります。

――処方が変更になったときの対応で薬剤師に求めることは何でしょうか。

とくに高齢者の場合、季節によって処方内容を変えることが多くなります。たとえば、脱水などによる過降圧のリスクが高い夏には、利尿薬の用量は減らし、心保護作用のあるARBはそのままの用量で継続するなど、患者さんの病態に応じて細かい調整を行っています。

医師の説明を直接聞いていない薬剤師が処方変更の意図をすべて推察することは難しいかもしれません。しかし、薬剤師は処方された薬の作用機序や特徴は理解しています。医師からどのような説明を受けているのかを患者さんから聞き取りながら薬の作用機序を丁寧に説明することで、患者さんやご家族がこれから服用する薬が自分の健康を維持するうえでいかに必要か、その理由をより深く理解できるようになりますし、薬剤師も医師の処方の意図を汲み取った服薬指導ができると思います。薬剤や用量などの変更理由を患者さんが理解することで以前の用量のまま服用して過降圧になるといったリスクを減らすことができます。

また、高齢の患者さんではそれぞれ理解度が異なります。1度説明しただけでは理解できない患者さんが多いため、繰り返し説明することも大切です。

本記事は2023年9月に取材したものです。

<文献>

※1  日本老年医学会:高齢者高血圧診療ガイドライン2017(2019年一部改訂).日本老年医学会誌,56:343-347,2019.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/56/3/56_56.343/_pdf/-char/ja

佐賀⼤学医学部⻑

野出 孝一先生

1961年生まれ。1988年 佐賀医科大学卒業。1997年 大阪大学大学院修了。同年、ハーバード大学循環器科博士研究員。2002年 大阪大学第一内科講師。同年、 佐賀大学医学部循環器内科教授。2008年 佐賀大学医学部附属病院長特別補佐・地域連携室長・ハートセンター長。2014年 佐賀大学医学部心不全治療学教授。2015年 佐賀大学医学部附属病院臨床研究センター長。2016年より佐賀大学医学部医学科内科学講座主任教授を務める。2017年佐賀大学先進心不全医療学教授。2023年佐賀大学医学部⾧に就任。日本高血圧学会理事⾧。

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