PDF

急性冠症候群における冠動脈インターベンション治療と
二次予防におけるスタチン継続服用の重要性

取材協力:東海大学医学部内科学系循環器内科教授 伊苅 裕二 先生

急性冠症候群に対する経皮的冠動脈インターベンション

経皮的冠動脈インターベンション(以下、PCI)は、急性冠症候群のなかでも緊急性の高いST上昇型心筋梗塞(STEMI)の死亡率を最も低下させるとして、治療の第一選択に位置付けられています。

――心筋梗塞の治療におけるPCIの位置付けを教えてください。

心筋梗塞の治療は、迅速な冠動脈の再開通を実現したtPAによる血栓溶解療法によって大きく変わり、急性期の死亡率減少に寄与しました。一方で血栓溶解療法による再開通率は60%前後であり、出血合併症が多いことも大きな課題でした。この問題を解決したのがPCIです。

PCIは血栓を溶解するのではなく、主に橈骨動脈から冠動脈にカテーテルを挿入して血栓を吸引したりバルーンで砕いたりして物理的に再開通させ、ステントを留置する治療法です。再開通成功率は90%以上と非常に高く、死亡率だけでなく、重大な出血合併症の発生率も血栓溶解療法に比べて明らかに少なくなりました。特にSTEMIの治療は一刻を争うため、現在はPrimary PCIが第一選択となっています。

――ステントの留置による合併症はないのでしょうか?

1990年代以降、PCIのデバイスにはさまざまな改良がなされましたが、そのひとつがステントです。ステントを留置することで急性期にはステント血栓症のリスクがあるものの、1か月程度でステントの表面に血管内皮細胞などが増殖して新生内膜が形成されることで、血栓症のリスクは解消されます。しかし、その後も細胞の増殖が進んでしまうため、半年から1年が経過すると、再狭窄を起こすリスクが高まることが問題となりました。この過剰な細胞増殖を抑制するために開発されたのが薬剤溶出性ステントです。現在使われている第三世代と呼ばれる薬剤溶出性ステントは、薬剤の量や溶出速度、ステントのコーティングに使われるポリマーなどの改良が重ねられたもので、ステント血栓症の発生や再狭窄のリスクが非常に低くなっています。

PCI後の薬物療法

――PCI後の二次予防としてはどのような治療が行われるのでしょうか?

PCI後の薬物治療で重要となるのが、脂質低下療法と抗血小板薬2剤併用療法(dual antiplatelet therapy:DAPT)です。なぜ脂質低下療法が重要なのかというと、心筋梗塞を起こした患者さんは、血管の一部だけに問題があるわけではないという前提があるからです。患者さんの全身の血管には、発症に至った病変と同じような病変が多数存在しており、むしろ最近ではステントが留置された場所以外で新たな梗塞を起こすリスクのほうが高いと考えられています。

この新たな心筋梗塞の発症を防ぐために必要なのが脂質低下療法です。患者さんの冠動脈の血管壁には、プラークの成分であるコレステロールの結晶が沈着しています。結晶化してしまったコレステロールは、血管を塞ぐ原因となるだけの“ただの異物”です。だからこそ、スタチンの継続服用によってコレステロール値を下げて結晶化を防ぐことが重要なのです。

――抗血小板薬2剤併用療法(DAPT)について教えてください。

DAPTはステント血栓症を防ぐ目的で、アスピリンとP2Y12受容体拮抗薬の2剤併用で行います。ステントの改良によって新生内膜が形成された後の再狭窄のリスクとなる過剰な細胞増殖を防げるようになり、ステント血栓症リスクの高い期間が短縮されました。

ただし、心筋梗塞を起こした患者さんの血管では細胞が増殖しにくく新生内膜の形成に時間がかかるため、ステント血栓症のリスクが高い治療後1年程度はDAPTの継続が必要です。しかし、同じ虚血性心疾患でも安定狭心症の場合、血管壁の平滑筋細胞によって細胞増殖が促されるため新生内膜が形成されやすく、待機的PCI後1~3か月程度でDAPTから抗血小板薬単剤療法(single antiplatelet therapy:SAPT)への移行が可能です。DAPTはSAPTと比べても出血性合併症のリスクが高いことから、ステント血栓症と出血性合併症双方のリスクをみながらSAPTに移行することが重要となります。

SAPTは長くアスピリン単剤で行われてきました。しかし、その後の研究データの集積により、P2Y12受容体拮抗薬の効果が認められ、ガイドライン**でも短期間DAPT後のSAPTはP2Y12受容体拮抗薬を考慮することとなっています。それに伴って2020年12月に添付文書も変更されており、現在はP2Y12受容体拮抗薬かアスピリンのいずれかを選択することになりました。これは患者さんの病態によって選択しますが、いずれにしても二次予防において、SAPTの継続は必要だと考えます。

PCI後の薬剤師の役割

――心筋梗塞の再発を防ぐためには何が重要になるのでしょうか?

LDLコレステロールは低ければ低いほど長生きすることがわかっており、一次予防と二次予防ではリスク低減におけるLDLコレステロール値の管理目標が異なります(図)。近年、諸外国では心筋梗塞の発症率が減少していますが、日本は緩やかではあるものの増加傾向が続いています。私は、この要因のひとつには、LDLコレステロールの管理目標値が日本の二次予防では70mg/dL未満であるのに対し、海外では再発を繰り返す人には40mg/dL未満を目標値としているなど、リスクに対するLDLコレステロール値の考え方が関係していること、管理目標値の達成率の低さがあると考えています。アメリカでは日本にはない高用量のスタチンが標準となっているといった環境の違いがあり、単に服薬遵守率の問題ともいえませんが、現状のままでは心筋梗塞の発症率の増加を食い止めることは難しいのではないでしょうか。

図 一次予防と二次予防におけるリスク低減の考え方

一次予防と二次予防におけるリスク低減の考え方

――スタチンを長期的に服用する場合、副作用の不安はないのでしょうか?

以前はスタチンの副作用として横紋筋融解症が問題となったことがありましたが、今使用されているスタチンの横紋筋融解症の発現は0.001%で※1、ほとんどみられない副作用となりました。もちろんすべてではありませんが、海外での研究ではスタチンによる筋肉痛はNocebo効果によるものが多いことも報告されています。また、LDLコレステロールが管理目標値を下回っていてもスタチンは継続することが重要です。コレステロールは体内でも生成されるので、血糖値とは違い、下げ過ぎが問題になるものではありません。特に二次予防におけるスタチンの中断は、ハイリスクの患者さんのリスクをさらに高めるものであり、倫理的に問題があると言っても決して過言ではありません。

しかし、メディアの影響などもあり、今でもこうした質問を受けることがあると思います。服薬指導の際に、薬剤師から患者さんに正しい情報を伝えてもらうことで服薬アドヒアランスの向上につながることを期待しています。

――今後のPCIや二次予防における課題、薬剤師に期待することを教えてください。

先ほど、日本の心筋梗塞の発症率は増加傾向が続いていると言いましたが、死亡率は世界最低レベルを達成しています。その要因としてあげられるのは、PCIへのアクセスが良いという点です。PCIが優れた治療であると同時に、全国どこでも24時間365日緊急PCIを受けることが可能な恵まれた環境が整備されているが故のことと思います。

しかし、PCI施設が都市部に集中していることや勤務医の働き方改革などもあり、PCIへのアクセスにも徐々に変化が生じています。心筋梗塞発症後、急性期に適切な治療が受けられないと救命ができた場合でも心不全になります。心筋梗塞後の心不全は不整脈のリスクが高く、植込み型除細動器(ICD)が必要になります。近年、実際に一部の地域では心筋梗塞後のICD症例が増加しており、今まさにターニングポイントを迎えていると考えています。

そのため、心筋梗塞の治療では、さらに二次予防の重要性が高まると思います。二次予防を強化するためには脂質低下療法としてのスタチンの継続的な服用が欠かせません。まずはスタチンの重要性を薬剤師が正しく理解すること、情報を常にアップデートし続けることが重要です。二次予防はもちろんですが、一次予防においてもスタチンの重要性、食事療法や運動療法の継続によってLDLコレステロールを下げることが重要であることを患者さんに丁寧にわかりやすく伝え、服薬継続を支援してもらいたいと思います。

本記事は2023年12月に取材したものです。

*Primary PCI:PCIを第一選択とすること
**日本循環器学会:2020年JCSガイドラインフォーカスアップデート版冠動脈疾患患者における抗血栓療法.
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/04/JCS2020_Kimura_Nakamura.pdf

<文献>

※1  日本肝臓学会ほかスタチン不耐診療指針ワーキンググループ:スタチン不耐に対する診療指針2018.
https://www.j-athero.org/jp/wp-content/uploads/publications/pdf/statin_intolerance_2018.pdf
(2024年1月11日閲覧)
日本循環器学会:急性冠症候群ガイドライン(2018年版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2018/11/JCS2018_kimura.pdf
(2024年1月11日閲覧)
日本循環器学会:2020年JCSガイドラインフォーカスアップデート版冠動脈疾患患者における抗血栓療法.
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/04/JCS2020_Kimura_Nakamura.pdf
(2024年1月11日閲覧)
伊苅裕二: 誰も教えてくれなかった心筋梗塞とコレステロールの新常識.南江堂,2018.

東海大学医学部内科学系循環器内科 教授

伊苅 裕二先生

1986年名古屋大学医学部卒業。三井記念病院内科レジデント、東京大学医学部第一内科助手を経て、1996年米国ワシントン州立大学病理学への留学。1999年三井記念病院循環器内科科長を務めた後、2005年東海大学医学部循環器内科教授、2010年同循環器内科領域教授、診療科長に就任。1995年に橈骨動脈専用のガイディングカテーテル「IKARI curve」を開発(1999年に米国、2001年欧州でIkariカテーテル特許を取得)。日本内科学会認定医・指導医・総合内科専門医、日本循環器学会専門医、日本心血管インターベンション治療学会名誉専門医・指導医。

×
第一三共エスファ株式会社の管理外にある
ウェブサイトに移動します。

TOP