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エストロゲンの脂質に対する
生理作用と
更年期以降の女性の脂質
異常症に対する指導のポイント

取材協力:東京都健康長寿医療センター・センター長 秋下 雅弘 先生

LDLコレステロールに対する内因性エストロゲンの作用

女性ホルモンのエストロゲンには脂質や血圧、内臓脂肪などに働きかけ、肥満を抑制する生理作用などがあり、若年層の女性の脂質異常症の割合が低いのも、内因性、つまり分泌されたエストロゲンの影響によるところが大きいことがわかっています。しかし、女性は更年期に入るとエストロゲンが減少して脂質が上昇し始め、閉経を迎えるころから脂質異常症の人の割合が高くなり、60歳以降では男性を逆転します(図1)。

図1 年代・男女別脂質異常症が疑われる人の割合

年代・男女別脂質異常症が疑われる人の割合

――エストロゲンには、脂質異常症をはじめ、循環器疾患のリスクに対してどのような作用があるのでしょうか。

脂質にはLDLコレステロールとHDLコレステロール、トリグリセライド(TG)があり、エストロゲンには直接的なLDLコレステロール抑制作用があることがわかっています。

また、エストロゲンには脳や中枢神経を介した食欲抑制効果や末梢脂肪組織の代謝を促進する作用があり、内臓脂肪の蓄積や肥満を抑制しています。エストロゲンには、HDLコレステロールやトリグリセライドに対する直接的な作用はないものの、内臓脂肪の蓄積によってHDLコレステロール低下やトリグリセライドの上昇を招きます。そのため、エストロゲンの減少は結果的にLDLコレステロールの上昇だけでなく、トリグリセライドの上昇、HDLコレステロールの低下という脂質の3成分すべてに影響してしまうのです。

――エストロゲンの減少以外で女性の脂質異常症が増加する要因として考えられることはありますか?

ライフステージの変化も影響しているといえるでしょう。更年期以前は仕事と家庭の両立などによって多忙な人が多いですが、年齢を重ねるごとに徐々に子育てが一段落し、自分の時間を持てるようになる人の割合が高くなります。時間的にも経済的にも少し余裕を持って生活ができるようになる一方で身体活動量が減るため肥満になりやすく、脂質異常症の人の割合が高くなっていくと考えられます。

ホルモン補充療法(HRT)による冠動脈疾患の予防効果

――更年期障害の治療としてホルモン補充療法(HRT)が行われることがありますが、エストロゲンを体外から補充する方法では、同様の効果が期待できないのでしょうか。

HRTのようにエストロゲンを補充する外因性エストロゲンの冠動脈疾患予防効果については過去にいくつかの大規模試験が行われています。アメリカで報告されたWHI(Women’s Health Initiative ※1は一次予防、HERS(Heart and Estrogen/progestin Replacement Study)※2は二次予防について調べたものですが、冠動脈疾患の予防効果についてはともに否定されています。それどころかWHIでは5年間の追跡調査で冠動脈疾患が29%、脳卒中が41%増加するという結果でした。これは当時専門家の間でも衝撃的な結果として受け止められ、アメリカ心臓協会(AHA)では現在に至るまで冠動脈疾患予防を目的としたHRTは行うべきではないとしています。

これらの大規模調査は20~30年前に行われたもので、HRT群に中性脂肪を上昇させる内服の結合型エストロゲン(CEE)が使われていたことや対象年齢が高齢であったこと、高血圧や肥満、喫煙などの他因子を持つ人が多かった点などの不備も指摘されています。それでも、現在までこの結果を覆すだけの臨床的なエビデンスは出ていません。つまり、HRTはあくまでも更年期障害に伴う症状の緩和が目的であり、冠動脈疾患の予防を期待して行うものではないということが言えるわけです。

――HRTによる予防効果が期待できないとなると、どのような指導が求められるのでしょうか。

更年期以降でエストロゲンの減少以外の循環器疾患のリスク因子を重複して抱えている人、たとえば喫煙や糖尿病、高血圧などの因子を複数抱えている人の場合、男性並み、もしくはそれを超えて脳心血管疾患のリスクが高くなることがわかっています。

しかし、女性の場合は若年層の脳心血管疾患のリスクが低いこともあり、「まだ大丈夫」と考えている人は少なくありません。更年期以降の女性のLDLコレステロールは、必ずしも薬物療法が必要なわけではないとされていますが、だからこそLDLコレステロールが高くなってきた段階での生活習慣の改善に対してはもっと指導に力を入れていく必要があると思います。

生活習慣の改善では、食事はもちろんのこと、運動の習慣化がポイントになります。60歳以降に男性は運動習慣が増えるといわれており、これは仕事を理由に運動を習慣化することのできなかった男性が定年退職後に運動を始めることによるものとみられます。一方、60歳以降の女性の運動量にはあまり変化がみられません。脳心血管疾患だけでなく、フレイルやサルコペニア、骨粗鬆症などの予防のためにも女性が運動習慣を身につけることは非常に重要なことなのですが、現状ではまだまだ足りていないと感じています。

自分のこととして生活習慣の改善を意識できるような説明を

――脂質異常症における生活習慣の改善では、具体的にどのような指導をされていますか?

冠動脈疾患の生涯リスク(ライフタイムリスク)は10年単位でみると男性のほうが高く、これは男性のほうが若いうちから冠動脈疾患のリスクが高いことが理由だと考えられます。しかし、30年単位でみると男女差はありません。女性は平均寿命も男性に比べて6~7年長く、高齢になるとともに急激にリスクが高まるためです。日々の診療では、こうしたお話を交えて「女性のほうが長生きだからこそ、冠動脈疾患のリスクを減らして健康寿命を延ばしましょう」と伝えています。

もうひとつは、脂質異常症が引き起こす動脈硬化が認知症の大きなリスク因子であるということです。これは脳血管性認知症だけでなくアルツハイマー型認知症も含まれます。更年期世代は家族の認知症やその介護など、これから訪れる老年期のさまざまな問題を意識する年代であり、患者さんも自分のこととしてとらえやすいと思います。認知症予防には食事や運動、脳トレ、生活習慣病の管理などが重要ですが、これは動脈硬化の予防法でもあります。「認知症になって家族に迷惑をかけたくない」という患者さんは少なくないため、「認知症を防ぐために生活習慣を見直しましょう」とお話ししたほうが受け入れてもらいやすいこともあります。

――女性の脂質異常症の患者さんに対する服薬指導ではどのようなことがポイントになるのでしょうか。

スタチンに限りませんが、同じ用量を服用すると男性よりも体重が軽い女性の場合、副作用が出やすいことがあります。薬を飲むことのリスクとベネフィット、副作用について丁寧に説明して理解してもらうこと、「副作用が出たから自己判断で飲むのをやめてしまうのではなく、必ず相談してください」と伝えることが大切です。

とくに副作用については不安を感じていても医師には直接言い出せない患者さんは少なくありません。薬剤師には患者さんに寄り添い、「先生にはこういう風に伝えたらよいのではないでしょうか」と、メモ書きを渡すなど、薬の専門家として医師との橋渡しをする役割を期待しています。

本記事は2024年7月に取材したものです。

<文献>

※1  Rossouw JE, Anderson GL, Prentice RL, LaCroix AZ, Kooperberg C, Stefanick ML, et al. Risks and benefits of estrogen plus
progestin in healthy postmenopausal women: principal results from the Women’s Health Initiative randomized controlled trial. JAMA. 2002;288(3):321–33.
※2  Hulley S, Grady D, Bush T, et al. Randomized trial of estrogen plus progestin for secondary prevention of coronary heart disease in postmenopausal women. Heart and Estrogen/progestin Replacement Study (HERS) Research Group. JAMA 1998;280:605-13.
厚生労働省:令和元年国民健康・栄養調査報告「脂質異常症が疑われる者」の状況・脂質異常症が疑われる者の状況,年齢階級別,人数,割合・総数・男性・女性,20歳以上
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/r1-houkoku_00002.html

地方独立行政法人
東京都健康長寿医療センター
センター長

秋下 雅弘先生

1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部老年病学教室助手、ハーバード大学研究員、杏林大学医学部助教授、東京大学大学院医学系研究科准教授などを経て、2013年同大学大学院医学系研究科老年病学教授。2024年4月東京都健康長寿医療センター・センター長に就任。専門は老年医学。日本老年医学会前理事長。日本老年薬学会代表理事、日本動脈硬化学会理事、日本サルコペニア・フレイル学会理事などを務める。日本動脈硬化学会『動脈硬化性疾患予防のための脂質異常症診療ガイド2023年版』作成委員など。

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